先日、博多座2月大歌舞伎「新三国志」が千秋楽を迎え、この日は満員御礼が出たようですね。歌舞伎の技を使って現代語で演じるため、分かりやすく親しみやすい演目でしたが、私が観劇した日は、かなり空席が目立っていたので、素朴に安心しました。
歌舞伎の将来に暗雲?
歌舞伎の将来が危ぶまれる記事を目にしました。
president onlineは、「高齢者頼みでは未来はない〜歌舞伎座ガラガラ問題」として、歌舞伎座と新橋演舞場での歌舞伎公演を比較した記事を掲載していました。

この時の歌舞伎座公演では、松本白鸚、中村梅玉、市川猿之助、松本幸四郎、中村勘九郎、片岡愛之助、中村七之助、市川染五郎など、歌舞伎役者の有名どころが総出演しているのに、座席の半分しか埋まっていないようでした。
どうやら、歌舞伎座の空席は出演者が誰であっても空席を埋めることはできないようです。古典芸能だけでやっていくことの難しさを表しているようですね。
加えて、私が博多座で観劇したときの高齢者の観劇マナーを考えると、ファンのすそ野は広がりにくいように思います。
歌舞伎の新しい試み
記事の中では、新橋演舞場での市川團十郎襲名記念公演に、大人気のアイドルが出演することに触れていました。この公演は全日程のチケットが即日完売になっており、この公演を通じて、「初めて歌舞伎を観る」という若い世代が増えたようだと説明されていました。
アイドルが歌舞伎に出演するということは、古典芸能の技の継承という点で危惧する部分はあります。しかし、この人はジャニーズの人気アイドルグループの一員で、正統の歌舞伎ではないものの、「滝沢歌舞伎」に何度も出演しており、所作などには定評がありますから、違和感にはならなかったようです。
この演目では、照明や音に新しい試みを取り入れているものの、物語や舞台設定、人物など歌舞伎の様式はそのままのようです。観客はイヤホンガイドを使って歌舞伎の世界に触れ、新しいファン層の拡大には、重要なことですよね。
スーパー歌舞伎もこういった試みの一つですよね。
歌舞伎役者の格付け
歌舞伎界は世襲制が厳しいですよね。宗家に生まれた男の子、特に長男は職業選択の自由がない。歌舞伎の世界で最も歴史が古い成田屋の市川團十郎が若かりし頃、かなりやんちゃをやっていたことは多くの人が知るところです。
半面、一般人が歌舞伎をやりたければ、役者の弟子になりますが、弟子はあくまで弟子。歌舞伎の家に生まれなかったら主演クラスにはなれませんものね。
子どもの頃に幹部役者に見出してもらって部屋子に入っていれば、ワンチャンスあるかもしれませんが、かなりレアケースのようです。テレビドラマで人気の片岡愛之助さんなどは、一般家庭の部屋子出身です。そのため、歌舞伎界ではかなり格下で、歌舞伎座での活躍場面は少ない様です。
こういった人たちの思いを受け止めて宗家に生まれた男の子は宿命を全うしなければならないのでしょうね。
歌舞伎役者のドラマ出演
とは言え、歌舞伎役者のドラマ出演により、その重厚で的確な演技力はドラマの質を上げているのは、誰もが知るところです。前出の片岡愛之助さんなどは、そのよい例です。
最近では、バラエティ番組にも若手歌舞伎役者が出演し、歌舞伎の魅力を広く世間に知らしめたいということを話していることを聞きくと、歴史と伝統の格付けにこだわらなければ、未来は明るいように思います。

大阪市の橋下市長時代の行政改革で、伝統芸能への助成金カットが一時期話題になりましたよね。その際に、文楽の人間国宝の方が「採算を追っては芸が鈍る」と言っていたように記憶しています。確かに芸術が発展するにはパトロンが必要ですが、当事者が文化の継承だけを命題にして時代に取り残されると、滅びてしまいます。
なぜ歌舞伎が不人気
前出のpresident onlineは古典の歌舞伎は「なぜ、これほど不人気なのだろうか。」と書かれていました。
私の感想は「間延びして飽きる」です。時々、「この場面、こんなに長く必要?」と思うことがあります。ミュージカルや人気のストレートプレイでは、場面転換は物語を進めながらセットを動かすなど、観客を飽きさせない工夫が随所にみられます。歌舞伎も現代技術を活用しているとはいえ、物語の展開は伝統の継承のように思います。
今時の若者は、映画でさえ倍速で見ると言います。「間」は大切ですが、「間延び」では、観客の興味はそがれます。なんてね。
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